プロフィール

はじめまして、おおたぶんです。

当サイトへお越しいただきありがとうございます。

おそらくあなたはお子さんの不登校やひきこまりで困っているのではないでしょうか。

私も7年前は、親子で暗い顔をしてしました。

どうしていいのかわからず、情報を集めても何が正しいのかわかりません。

結論、親子の数だけ解決方法は変わると思っています。

正解や不正解はなく、どんな道のりを描くのかに尽きるのです。

私の経歴

2001年 結婚

2003年 長女を出産

2005年 次女を出産

2013年 子育て支援の仕事を始める

2020年 子育て支援の仕事を辞める

2021年 おうちビジネスを開始

私の家族

娘2人と私の3人家族です。

私の夫は2020年に亡くなりましたので、シングルマザーです。

子どもが二人とも不登校になった翌年に、病気がみつかり余命がないと宣告されました。

夫は仕事と家庭のことでストレスマックスになって、気が付かないまま病気の進行が早まっていたのかもしれません。

辛かったですがこれがどん底だと思いました。

もうこれ以上落ちることはない、と開き直ったのです。

悲しさに蓋をしました。

悲しみに暮れる生活は嫌だ!と思ったからです。

同じ人生なら笑って楽しく過ごしたい。

できることなら娘2人も笑顔を取り戻して欲しい。

そして私の最優先事項は、不登校の子育てと向き合う日々となったのです。

長女

長女は高校1年生の時に不登校になりました。

高校に入学してからというものの、勉強や部活で忙しくて食べる量が減り元気がなくなってきました。

充実はしていたようですが、明らかに表情は輝きを失せている。

そんなある朝、無表情になっている長女に「疲れた顔をしているけど大丈夫?今日は休んでもいいよ。」と声をかけると、

無表情のまま「そうする」といい、部屋に閉じこもりひたすら寝ていました。

その翌日から学校へ行けなくなっちゃったんです。

でもそのまま学校へ行っていたらどうなっていたのでしょうか。

考えるとゾッとします…

心療内科へ行くと、「不安症」と診断されました。

現在も治療中ですが、時間をかけて自分の力で克服するために休養しながら自分探し中です。

次女

次女は中学校にほとんど通っていません。

中学1年生の5月のおわりごろのこと。

いつものように準備を済ませて出かけようとしたのですが、急に癇癪を起して泣き出しました。

突然何が起こったのかわからず、なだめて落ち着かせようとしましたが何をしてもダメ。

結局そこから不登校が始まりました。

でも次女の不登校は遡ると小学校からあったのです。

小学1年生の時、入学直後から学校に行きたくないといい泣きました。

一緒に登校しても教室に入ることができず帰ることも。

学校の担任の先生やスクールカウンセラーの先生に相談しながら、授業中は隣に座って一緒に授業を受けました。

でも夏休み明けには急に登校できるようになったのです。

その時は子どもの成長は凄いな、と思いました。

その後小学校6年まで無事に通いました。

でも休みの日に生気のない顔でボーっとしている様子をみていると

中学生になって忙しい生活に付いていけるのかと不安に思っていました。

その予感は的中したんです。

いじめや悪口、嫌がらせなどの原因はなく、どうして学校に行きたくないのかさえ分からない状態でした。

そのころ私はフルタイムで働いていたので、お昼ご飯を用意して週5日で出かけていました。

今思うとそれが良かったのでしょう。

お互い距離をとりつつ自分の時間が持てたので、不登校にフォーカスしすぎないでいられたのかもしれません。

もちろん悩んでいましたよ。

休みの日は民間のカウンセラーのところへ行って、自分の気持ちを整理していました。

高校は通信制の高校へ入りました。

このころから、自ら不登校から脱却したいと熱望するようになってきたんです。

社会復帰するためにどうしたらいいのか必死に考えたんですね。

そして考え抜いたあげく、高校2年生でアルバイトを始めました。

1か月でも続けばいいか、と思っていましたが

なんと高校3年生の終わりまでやり遂げました。

社会復帰できたことが自信となり、今では専門学校に入学して充実した生活を送れるまでになりました。

中学校の青春を味わえず、リアルな経験が欠落していました。

でも今はネット環境さえあれば、友達も作れます。

情報は取りに行こうと思えば、溢れかえっています。

次女が約4年間ひきこもり、その間に手に入れたのは自分らしさでした。

周りに左右されない、自分らしい生き方を見つけたのです。